SNSを見ていると、ほぼ確実に目に入る広告があります。
「未経験から3ヶ月でWebデザイナー」「月収30万円・在宅・PC1台」「センス不要」。
正直に言います。
これに希望を感じて高額なスクールにお金を払うのは、構造的にかなり分の悪い選択です。
この手のスクールに大金を払うのは、かなりバカバカしいです。
これは努力不足の話でも、根性論でもありません。
もっと単純で、もっと残酷な「仕組み」の問題です。
本気でデザインを仕事にしたい人ほど、最初にここを見誤ると取り返しがつきません。
時間とお金だけでなく、自己評価まで削られます。
彼らが売っているのは、デザインではなく「不安」と「救済ストーリー」
まず押さえておきたいポイントが、
SNS広告型のデザインスクールが本当に売っているものは「デザインスキル」ではない、という点です。
あの手の広告が刺さるのは、デザインが好きでたまらない人ではありません。
「将来が不安、今の仕事に希望がない、何か始めないと取り残されそう」、そういう状態の人です。
- 「今のままで大丈夫だろうか」
- 「このまま年を取っていいのだろうか」
- 「何者にもなれないのではないか」
彼らが扱っているのは、そういった不安です。
その不安に対して、「デザインを学べば人生が変わる」という物語をセットで提示しているだけ。
だから広告の中身は、デザインの話をほとんどしません。
生活・自由・収入の話が中心になります。
一方で、実際のデザイン業務、修正、認識ズレ、通らない案、理不尽なフィードバック――
こうした話は、ほとんど出てきません。
理由は簡単です。
彼らのビジネスは、デザインで稼ぐことではなく、スクールを売ることだから。
デザインは、その導線に置かれた“それっぽい看板”でしかありません。
本当にデザインで食べている人ほど、夢を語らない
少しでも業界にいると、すぐ分かる違いがあります。
本業でデザインをしている人の話は、とにかく地味です。
納期、認識ズレ、修正、差し戻し、要件変更。これが日常です。
「どこでクライアントとズレたか」「どの修正が一番きつかったか」
そんな話ばかり出てきます。
逆に、スクール広告の発信はやたらと抽象的です。
人生、自由、自己実現、マインド。
これは偶然ではありません。
実務の話を積み上げられないから、物語で包んでいるだけです。
デザインの仕事は、具体から逃げられません。
抽象論だけで気持ちよく語れる人間がいるとしたら、それはデザインをしていない側です。
デザインは「短期間で人生が変わるスキル」ではない
ここは幻想を壊しておきます。
デザインは、短期間で人生を変える魔法ではありません。
むしろ地味で、時間がかかり、否定され、修正して、また作る。その繰り返しです。
派手さよりも「耐久力」が求められる仕事です。
- 正解がない
- 否定される
- 修正が終わらない
- 評価が人に依存する
これを前提として受け入れられる人だけが、続けられます。
もし本当に「3ヶ月で誰でも月収30万円」が成立するなら、
この業界はとっくに飽和しています。
現実は真逆です。
時間をかけて残った人の中で、さらに一部だけが安定します。
だから、短期・簡単・再現性100%を前提にしている時点で、その話は破綻しているのです。
ここを見抜けない人が、同じ広告に何度も狩られます。
典型的な「商材ビジネス構造」
ここは構造を一度、整理しておきます。
文章よりも一覧の方が分かりやすいので、表にします。
- 無料説明会で不安を言語化・増幅
- 成功者の事例を提示(極端な例)
- 今のままだと危険だと煽る
- 今だけ・限定と判断を急がせる
- 高額契約(分割・ローン可)
これは、投資系・副業系・情報商材とほぼ同型です。
違うのは、「デザイン」という聞こえのいい言葉を使っている点だけ。
【体験談】筆者が一瞬、揺れかけた話
ここで少し、筆者自身の話をします。
私は実務経験のあるデザイナーですが、それでも一時期、「もっと効率のいい道があるのでは」と考えたことがあります。
周囲の成功談が眩しく見えた時期でした。
説明会に近い場で話を聞いてみると、違和感がはっきりしました。
- デザインの話は抽象論のみ
- 失敗談が一切出ない
- 具体的な質問は「受講後に」
その瞬間に分かりました。
これはスキルの話ではなく、契約の話だなと。
経験があっても揺らぐのです。未経験ならなおさらです。
それでもスクールが役立つケースはある
誤解してほしくないのですが、すべてのスクールが無意味というわけではない…とは思います。
ただし、役立つのはかなり条件が限られます。
- すでに基礎は独学で身についている
- 作るものを自分で決められる
- 添削・壁打ち相手が欲しい
- 強制力がないと継続できない
つまり、近道を買うのではなく、環境を買う人。
教材が欲しいのではなく、添削や壁打ち、継続のための環境が欲しい。
こういう人にとっては、スクールは近道ではなく“継続装置”として機能します。
この認識があるなら、費用対効果が成立する場合もあります。
完全に地雷なスクールの見分け方
逆に、これが揃っていたら避けてください。
- 収入や人生の話が中心
- 実務の具体例がほぼない
- 「誰でも」「簡単」「再現性」を多用
- 批判をマインド論で封じる
これはもう、デザインスクールの皮をかぶった商材です。
不安を刺激して契約に変換する装置です。
結論:派手な道は存在しない
デザインで食べていく道は、
地味で、時間がかかり、途中で嫌になる瞬間が必ずあります。
作って、失敗して、直して、また作る。
この繰り返しを続けられるかどうか。
だからこそ、派手な広告よりも、
不親切で、夢を語らない情報を信じた方が、結果的に近道です。
それを見抜けるかどうかが、最初の「デザイン力」なのかもしれません。


